【特別寄稿 】第6回 バランスのとれたライフスタイル(文:古佐古 基史)




 バランスのとれたライフスタイル。実際にはどんなライフスタイルを指すのでしょう?


「バランス」というからには、複数の要素がちょうど良く混じり合わされている状態、あるいは、一本の軸でなく、複数の軸に均等に重心を置いている状態を指しています。これらの諸要素、あるいは軸をどのように設定するかによって、それぞれに個性のあるライフスタイルが生み出されます。例えば、経済的安定と精神的充足という軸でバランスを考える方もいれば、仕事とプライベート、趣味と仕事、社会生活と家庭生活などの軸でバランスを考える方もいるでしょう。


 では、どのような軸を設定するか…。これによって、人生が決まると言っても過言ではありません。職業、住む場所、趣味、家族構成などの外的な要素を重要視するあまり、心の状態や健康などの内的な要素を軽視した人生設計をすると、高い収入と社会的地位を得て公私の活動においてバランスの良い生活を実現できたとしても、その一方で、幸福を感じられない、あるいは健康を損なうなどのアンバランスが起きてしまう可能性があります。つまり、傍目には申し分のない生活を実現しているように見えていても、当の本人は幸福ではないという矛盾した状態に陥ってしまいます。


 このようなアンバランスに陥らないためには、人生において「何をするか?」を考える前に、まずは「どのような自分でありたいのか?」を知ることが大切です。理想とする「自分像」が明確であれば、「それに近づくために最適な活動は何か?」という視点から仕事や趣味を選択することができますから、外的な活動が常に内的な充実と結びつくライフスタイルを設計することが可能になるのです。


 しかし、「どのような自分でありたいのか?」という問いに明確に答えるのは、案外と難しいものです。子供の頃から「将来何になりたい?」と幾度となく問いかけられ、憧れの職業について言語化する機会はたくさんあっても、「どんな自分でありたいのか?」と尋ねられることはほとんどありませんから、そのような視点から自分自身について考えるということに馴染みがなくて当然なのです。



「どのような自分でありたいのか」を考えるにあたっては、人の持ちうる機能を理解した上で、この点に関してはこうありたい、あの点に関してはこうありたいという具合に、できるだけ具体的にイメージすることが重要です。言い換えるならば、まず「人とは何か」を考え、その上でどのような人になりたいのかを明確にし、そのための具体的な目標を設定するのです。


 人とは何か。これは人類にとっての永遠の哲学命題でもあり、様々な哲学や心理学の方法論を使って考えることが可能ですが、ここでは人間の機能を思考機能、感情機能、本能機能と動作機能の4軸に分類する方法を紹介いたします。


1)思考機能:全ての知的機能で、言語、論理的思考、概念の創出、想像力などを含む。


2)感情機能:文字通りすべての感情で、喜怒哀楽の単純な情動から、愛や信頼、感謝、信仰心などの複雑な感動を伴う感情まで含む。


3)本能機能:体内で行われる全ての活動と五感と身体の内部感覚。


4)動作機能:全ての動作、その習得や記憶と空間認知や図形認識の能力。


 バランスのとれたライフスタイルでは、これらの機能が満遍なく用いられる活動メニューと環境が実現され、知的経験、感情的経験、感覚的経験、運動経験が程よく混ざり合った日々を送れるということになります。


 しかし、多くの場合、この4軸のどれか一つが特に発達していて、そこを長所として仕事や活動を選択している一方で、あまり用いられないために未発達なままで残された軸を弱点として持っているものです。例えば、論理的で知的である一方で、他者の気持ちを察することが苦手で対人関係のトラブルが多いという場合は、思考機能に頼るあまり感情機能が未発達のまま残されているということになります。実務作業や運動が得意なのに、理論的なことは苦手という場合には、動作機能という長所に頼るあまり、思考機能が未熟な状態にとどまっているということになります。



 現代は、社会分業により皆がそれぞれの専門分野に専心するという社会システムですから、得意なこと、好きなことを一点集中で伸ばすことが推奨されています。そのため、教育の現場においては、「バランスの取れた人間形成を!」などというスローガンを掲げながらも、実際には10代半ばで理系/文系を選択させ、バランスの芽を摘み取ってしまいます。その上、運動の得意な子供には、スポーツの能力だけでも進学できるような仕組みが提供され、音楽などの芸術分野においては、成果を得るためにはコンクールという競争に勝ち抜くための訓練に膨大な時間と労力を費やすことが必要とされていますから、子供たちが様々なことにバランスよく時間と努力を振り分けられるチャンスは、ほとんど与えられません。このような状況の中で育てられる子供が、バランスのとれた大人になるのは非常に難しいのです。


 しかし、今さら社会のあり方や教育システムに文句をつけても仕方ありません。自分でなんとかバランスを身につけてゆくしかないのです。そのためには、まず「自分がアンバランスである」ということに気づき、それをなんとか変えたいと感じ始めなくてはなりません。ところがこれが非常に難しく、しかも、すでに社会的な成功を収めていて、優れた人物であると自他ともに認められている場合には、特に難しいのです。


 だからこそ、「汝自身を知れ」という教えが永遠の哲学的命題となりうるのです。真の自分の姿を見るには、慣れ親しんだ環境や活動という自分の殻を破り、新しい環境、新しい活動に身を投じ、そこで、今まで隠されていた自らの弱点や未熟さを認識するという試練に耐える必要があります。自らの弱点を見ることは、確かに辛い経験ではありますが、未発達な部分が残っているからこそ成長の余地もあるのです。このようにポジティブに考え、常に向上心を持って生きることができれば、自ずとバランスのとれたライフスタイルへと導びかれてゆくのではないでしょうか。




 

古佐古基史:

ジャズハーピスト、作曲家、ナチュラリスト

カリフォルニア州在住。東大医学部卒の看護師・保健師の資格も持つプロのハーピスト。

渡米後独学でハープを学び、 ジャズハープの世界的先駆者として活躍中。

自宅で自給自足ファームを営みながら統合医療研究者としても学会で活動。