【特別寄稿 】第4回 心の交流の大切さ(文:古佐古 基史)



 皆さん、動物はお好きですか?


 現在、猫5匹、犬8頭、鶏30余羽、ヤギ14頭と一緒に暮らしています。傍目には、超動物好きオヤジですが、実のところ、ファームを始める以前は動物嫌いでした。でも、小さい子供の頃は動物が大好きだったのです。なんだかややこしいですが、つまり、もともと動物好きだったのが、ある時期から動物嫌いになり、後に再び動物好きに戻ったというわけです。


 小学生の頃は、いつも亀や魚、カタツムリやコオロギなどを飼っていました。ただ、母が大の動物嫌いで、家の中では飼わせてもらえなかったため、雨の日にあふれた水槽から逃げ出した亀が自宅の目の前でひかれてぺちゃんこに踏み潰されて死んだり、夏の日差しで水槽が熱くなりすぎて金魚が全滅したりと、いつも悲しい結末ばかりでした。


 捨てられていた雑種の仔犬を拾って飼ったことも、2度ありました。しかし、最初の子犬は1年も経たないうちにてんかんの発作がひどくて、安楽死させなくてはならず、2匹目の子犬も、飼い始めてから1年で自動車にはねられて死んでしまいました。


 その後、家の裏庭に野良猫が2匹ほど住みつき、餌をやって可愛がっているうちになついてペットのようになっていたのですが、猫アレルギーが発症し、大家からも猫はやめてくれと言われ、処分のために保健所に連れ去られていきました。


 このような動物との悲しい離別がトラウマとなり、「動物が好きだから別れが辛いんだ。動物を嫌いになれば、こんな辛い思いをしなくても済むようになる。」と心のスイッチを切ってしまい、自称「動物嫌い」へと変わってしまいました。


 でも、やはり動物好きの本性には逆らえず、ファームを始めて一度動物を飼い始めたら、あれよあれよという間に大所帯となり、今やムツゴロウさん状態です。好きな時に動物とモフモフできる環境は、とっても幸せ!でも、やっぱり生き物の生命に責任を持つ以上、世話もそれなりに大変ですし、もちろん辛い離別の瞬間も経験しなくてはなりません。しかし、動物との暮らしは、そんな苦労も吹き飛ばしてくれる経験をもたらしてくれます。その中でも最も素晴らしい経験が、彼らと心が通じ合う喜びの瞬間です。




  動物とのファースト・コンタクトにおいては、お互いを理解できず、警戒心と不信感が前面に出ている状態ですが、そこを乗り越えて一緒に時間を過ごしてゆくうちだんだんと意志の疎通ができるようになり、お互いへの信頼感が目覚め、一緒にいることが喜びへと変わっていきます。人間同士の交流のプロセスも同じで、最初のぎこちない雰囲気から徐々に打ち解けて、友人や恋人として信頼関係へと深まってゆく雪解けのような変化のプロセスは、非常に特別な喜びをもたらしてくれます。このような相互理解と信頼構築に魅力を感じる特性は、社会的な生物としての人間に本能として備わっているものなのでしょう。


 しかし国家レベルでは、世界中で国家主義、民族主義が存在し、地球上のどこかで常に紛争が起きています。歴史を振り返ってみても戦争のない時代はなく、競争は人間の本能であると定義され、戦争がなくなるとはないとさえ言われています。しかし、個人の日常生活で経験する人間関係からは、人という生き物は相互不信と競争ではなく、むしろ相互理解と調和に向かうようにデザインされているとしか思えないのです。


 ただし、人間関係において相互理解と調和を築くには、それなりの苦労も伴います。積極的な意思疎通の努力に加え、信頼関係が自然と熟成してゆくのを待つ忍耐力も要求されます。相手を理解したい、自分を理解してもらいたいという欲求が強くなりすぎると、焦りと苛立ちから相互反発と不和が生じ、関係構築は失敗に終わります。しかも、信頼関係の構築は感情を巻き込むドラマチックなプロセスですから、成功した時の喜びが大きい反面、失敗した時のトラウマも大きいのです。そのため、個人間の関係において挫折を何度も経験すると「人間嫌い」になってしまうように、国家間でも外交関係で何度も挫折を経験するうちに「外国嫌い」という排他的、民族主義的なイデオロギーが定着してしまうと考えられます。


 このように考えると、国家主義や民族主義、外国人嫌いの傾向は、人本来の本能というよりは、もしかしたら古佐古少年の自称「動物嫌い」の仮面と同じく、後付けの経験や教育によって形成されたものなのかもしれません。異文化を理解するためには、長い年月をかけてじっくりと交流を積み、少しずつ信頼関係を成熟させることが必要です。しかし、すぐに結果を求めるあまり、誠意を欠いた表面的な交流を無理に推し進めると、誤解が誤解を生んで逆に憎しみや争いへと転落していきます。


 「グローバル市民」「世界は一つ」「国境なき経済圏」。これらの理想はすばらしく、人類が目指すべき方向であるとは思います。しかし、そういう大きな結果を夢見るあまり、性急に物事を進めようとすることで、かえって異文化間での摩擦が大きくなり、国家間の対立という反対の結果を招いてしまうことになるのではないでしょうか?


 多くの価値観の対立が起きている現代、人類の相互理解に向かう強い本能を信じ、自然なペースでじっくりと時間をかけて異文化と接し理解を深めようとする努力が求められていると思います。



 

古佐古基史:

ジャズハーピスト、作曲家、ナチュラリスト

カリフォルニア州在住。東大医学部卒の看護師・保健師の資格も持つプロのハーピスト。

渡米後独学でハープを学び、 ジャズハープの世界的先駆者として活躍中。

自宅で自給自足ファームを営みながら統合医療研究者としても学会で活動。