【特別寄稿 】第8回 DIYのススメ(文:古佐古 基史)



 「面倒くさい」


 この言葉を使わないだけで、人生は大きく変わります。


 どんなに楽しいことにでも、常に何らかの面倒くさい作業が含まれていますから、実際には、世の中に面倒でないことなんて一つもありません。例えば、好きでやっているハープ演奏においても、まずよく手を洗って、47本の弦を調律して、演奏用の靴に履き替えて、ようやく音楽を奏でることができます。サスティナブルなファーム暮らしでも、動物の世話、敷地のインフラ整備と管理、畑仕事、収穫物の加工などに加え、掃除や洗濯などの普通の家事になど「面倒くさい」ことに追われる毎日です。


 特に、何か新しいことを始める時には、必ず面倒くさいことがつきまとっています。いつかやってみたいと思っていることがあっても、ほとんどの場合は始めることすらできないのは、「面倒くさい病」に侵されているからです。古来、「案ずるより産むが易し」と言われているように、重い腰を上げてやり始めさえすればなんとなくやれてしまうことの方が多いのですが、「面倒くさい病」にかかっていると、最初の一歩が踏み出せないのです。


 面倒くさいと感じるのは、何かしらやるべきことが多い状態に身を置いていることの証しですから、経験の量という側面から考えると、人生の経験値を増やすチャンスに恵まれている望ましい状態とも言えます、しかし、現代の価値観では、この真逆の状態、つまり何もしなくて良いということが豊かさの象徴とされているため、「やるべきことが多い=面倒くさい」というネガティブな発想に陥ってしまうのです。


 現代の成功者のイメージは、お金をたくさん持っていて、自分では何もしなくても、全て誰かにやってもらえる身分です。自分にしかできない専門の仕事以外では、秘書、執事、マネージャー、税理士、かかりつけ医、顧問弁護士、家政婦、庭師、運転手など各分野の専門家を雇い、「面倒なこと」に関わる時間を少なくすることができれば、それだけ社会的に成功した人物であるということになります。


 「それが何か問題なの?専門分野での飛び抜けた能力に専念することこそが最高の幸せじゃないの?」


 確かに、若い頃はこのように感じていました。だからこそ、1日10時間にも及ぶ練習に耐え、生活の大部分を音楽に捧げ、世界でも有数のハープ奏者として認められるところまで到達したのですが、その結果気づいたのは、一点集中で能力を開発しても幸せにはなれないということでした。ハープ演奏の能力のみが鍛えられたことで、その他の未発達な能力がより浮き彫りとなり、そのアンバランスさに悩まされるようになってしまったのです。


 音楽演奏、作曲、即興の仕事は、思考、感情、動作、本能の機能(これらの機能の詳細については第六回ブログを参照ください)をかなりバランスよく使う仕事ですから、それだけに専念していても、それなりにバランスの取れた能力開発が可能です。しかし、どこまで突き詰めたところで「たかが音楽」なのです。音楽は、人生のほんの小さな一部に過ぎません。音楽にどれだけに打ち込んだところで、子育てや自給自足というような泥臭い生存のための知恵、武道やヨガなどの身体全体の操作法、料理などの聴覚以外の感覚を用いる創作のセンス、科学や哲学などに必要とされる論理的思考能力を十全に開発することはできないのです。


 実際には、芸術分野から離れた実生活で様々な経験を積むことにより、様々な能力が鍛えられ、それが肥沃な土壌のように見えないところで創作活動を支える土台となるのです。この土台がないと、芸術家としての継続的な成長も人間としての幸せも、手に入れることはできません。


 ところが一般的には、狂ったように芸術に執着し、他のことに関しては無頓着であるアンバランスな人物、つまり、半ば狂人あるいは変人でないと、歴史に残るような偉大な芸術を生み出すことはできないというふうに考えられています。実際に有名な作家や画家の自殺が多いことも、このような一般的見解が形成される基盤になっていると考えられますが、そもそも、バランスの崩れた異常者が創造するものに、真の価値を有するものがあるとは思えないのです。最終的に自殺を選ぶほどに行き詰まった苦悩の状態にある芸術家から発せられる作品は、それが技術的に優れたものであれば、なお一層の深い共感を伴って鑑賞者を同じ闇へと誘うことになっているのではないでしょうか。


 一般的な感覚では、美しさは健全さを伴うものであり、真の美を追求する芸術は、心身ともに人本来の健康を獲得しようと努力する芸術家によってこそ達成されるとしか思えないのです。


 少し話が逸れてしまいましたが、芸術家の例からもわかるように、何事においても専門バカになって、仕事以外の慣れない活動の面倒臭さから開放されたいがために、そこに閉じこもってしまうというのは、非常に病的な人生の選択だと思います。


 人生とは、瞬間ごとの経験の積み重ねですから、一つの分野に閉じこもることで経験の多様性を犠牲にすると、人生の豊かさをも犠牲にしてしまいます。その一方で、なんでも自分でやらなければならないという状況に身を置くことは、人生を豊かにすることにつながるのです。ところが、「面倒くさい」という考えが浮かぶと、せっかく経験の幅を広げる機会に遭遇しても、最初の一歩を踏み出すのに多大なエネルギーを浪費してしまい、せっかく何かを始めてもそれを豊かさにつなげることができないのです。


 経験の多様性を広げる手段の一つが、DIYです。 “Do It Yourself” つまり、「自分でやれ」という意味です。大工仕事、自動車修理、インフラのメンテ、手芸、ガーデニング、加工食品作りなど、やれることは無限にあります。


 専門分野で行き詰まりを感じている方、なんとなく惰性で生きている感じがして人生に物足りなさを感じている方には、特におすすめです。「面倒くさい病」から脱却して様々な分野でDIYすれば、楽しみながら経験を広げるということのほかに、お金をセーブできるという特典もついてきます。


 DO IT YOURSELF!


 

古佐古基史:

ジャズハーピスト、作曲家、ナチュラリスト

カリフォルニア州在住。東大医学部卒の看護師・保健師の資格も持つプロのハーピスト。

渡米後独学でハープを学び、 ジャズハープの世界的先駆者として活躍中。

自宅で自給自足ファームを営みながら統合医療研究者としても学会で活動。