【特別寄稿 】第7回 食餌ではなく食事を楽しむ(文:古佐古 基史)



 ご飯や肉、野菜。これは肉体のための食べ物です。そこに含まれるタンパク質、糖分、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素は、胃腸を通じて消化吸収され、肉体の一部になります。でも、食べ物には食感や味、香りなど、物質ではない「印象」も含まれていますよね。これらの「印象」は、食後どうなるのでしょう?


 人には、肉体と心という両側面があります。肉体は物質としての人の存在、心は非物質としての人の存在を表しています。肉体が死んでも、心が死んでも、人ではなくなってしまいますから、この両者が健全に存在していることが人の健康にとっては不可欠です。


 この視点から考えてみると、食感、味、香りなどの「印象」は、感覚器官と精神機能を経て消化吸収され、心の一部になると言えます。つまり、「印象」は心の食べ物というわけです。


 実際に食感、味、香りを楽しめるように上手に調理されたものの方が、同じ栄養価のサプリのタブレットに比べてより大きな喜びを与えてくれるのも、上手に調理された食べ物には「美味しさ」という質の高い印象が豊富に含まれているからです。身体が栄養素を摂取し、心が印象を摂取する。この両者が満たされることで、食事の喜びが経験されるのです。


 だからこそ、動物は「食餌」(=エサを食う)するのに対し、人は「食事」(=単に食べるということ以上の活動である意味を含む)をするのです。しかし、多くの現代人は、「食事」にかかる手間と時間を嫌い、「食餌」をすることが多くなっています。


 ジャンクフードやカロリーメイトのような簡単に短時間で摂取できる食品は、「食餌」メニューの代表格ですが、健康意識が高い方たちの間ですら、栄養価に優れているとされている素材から作られた加工食品を手早く摂取する「食餌」がもてはやされるようになっています。


 例えば、野菜や果物、ハーブやミネラルなどをジューサーで混ぜてドロッとした液状にしたスムージー。実際に新鮮な素材を集めて作らなくても、粉末化されたものをミルクや水に溶かすだけで手軽に作れる便利な製品もたくさん販売されています。確かに、生化学的には手軽にバランスのとれた栄養を摂取できる有効な方法なのかもしれません。しかし、食べ物を液体にして飲み干す場合、噛むという行為は省略され、様々な素材の匂いや味をほとんど感じないまま、食べ物を消化器系に流し込むことになります。つまり、印象という心の食べ物の経験は、犠牲にされてしまいます。


 食べ物というものは、元をたどれば全て生き物です。自給自足を試みると、このことがよく理解できます。ミネラルと蜂蜜以外は、すべて動植物の生命を奪うことで手に入る食料なのです。つまり、生きているということは、他の生き物の屍の山の頂上に立つということに他ならず、食事とは、他の生物の命を頂くことで自らの命をつなぐという神聖な儀式なのです。だからこそ、丁寧に調理し、美しく盛り付け、じっくりと味わいながら食し、彼らの命を受け継いで生きることへの喜びと感謝を感じなくてはならないのです。


毎度の食事を生と死の接点として経験できると、無数の生命の犠牲の上に成り立っている自分自身の価値、自分のために犠牲になった生命に対する責任を感じ、全力を尽くして真剣に生きる決意が呼び起こされます。その決意があってこそ、真に充実した人生を送ることが可能になるのです。このような視点から食事の意義を考えてみると、食べ物のもたらしてくれる印象を隅々まで味わうことの大切さがより深く理解されると思います。



  食事に限らず、見えるもの、聞こえるもの、触るもの、味わうもの、匂うものの全てが、「印象」という心の食べ物ですから、日々の生活は、無数の印象をいつでも好きなだけ食べられる「食べ放題レストラン」状態にあります。このレストランは、一般的には「生活環境」と呼ばれ、レストランのメニューによって生活環境の質が変わってきます。


 ここでちょっと健康に良い食べ放題のレストランのメニューとはどんなものか考えてみましょう。


・オーガニックで新鮮な食材

・多様な食材を多様な手法で調理した豊富なメニュー

・美味しい(味、香り、食感が良い)


 こんなところでしょうか?


 これらの条件を、「印象の食べ放題レストラン」に当てはめ、どのような生活環境が心を豊かにしてくれるのかを考えてみると…


・自然の恵みを感じさせてくれる雰囲気

・様々な感覚(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、視覚)を刺激するために作られた様々な造形物

・楽しく感動的な経験


 これらの指針をもとに、自宅や職場の環境を見直してみてはいかがでしょう?観葉植物や生け花、絵画や彫刻などの芸術作品、音楽、アロマやお線香などの香り、自然の採光や適度な照明、壁、床、家具などなど、その気になれば、生活の中で簡単に改善できる部分はたくさんあると思います。印象は、起きて活動している間は絶えず流れ込んでくるものですから、小さな改善でも、蓄積されることによって大きな変化につながります。


 健康も幸せも、小さな改善の積み重ねの結果です。印象の食べ放題レストランのメニューの改善、ぜひ取り組んでみてください。




 

古佐古基史:

ジャズハーピスト、作曲家、ナチュラリスト

カリフォルニア州在住。東大医学部卒の看護師・保健師の資格も持つプロのハーピスト。

渡米後独学でハープを学び、 ジャズハープの世界的先駆者として活躍中。

自宅で自給自足ファームを営みながら統合医療研究者としても学会で活動。